第31回 吉岡一廣

                                     

        「私の稲門時代」~交遊抄                 
                  
                    1973年(昭和(48年)商学部卒業   吉岡一廣


 50年も前の写真、資料をひっくり返す。私の稲門時代は多種多様の人たちとの出会いが一番とわかる。故郷を出る時の母親からの一言「誘われるうちが華、誘われたら断りなさんな」を守ったお陰かな。

 私は長野県佐久で生まれ、5歳から兵庫県豊岡で高校まで過ごす。父は高校教師、英会話ができたから地元では何かと重宝され私塾も経営。母は華道と茶道の教室を。特別裕福ではなかったが、英語、数学、絵画、書道などの学習環境、ジャズ、クラシックなどのレコードなどが当たり前にあった。そんな恵まれた環境にいながら、高校入学頃から同じ高校で教鞭をとる父親に何かと反発するように。父は最高学府を当たり前のように期待し卒業後は私塾を継いでもらいたいという路線。私は親から遠く離れたい一心で東京と決めていた。大学受験は京都大学と早稲田の商学、理工学部の3つ。本命は理工学部建築科。
 デッサンの試験にも入念に準備したのにあえなく不合格。東大紛争の影響を甘くみていたせいか数学で受験できた商学部だけまぐれで合格。父親との確執を引きずったまま母親の配慮で入学。当初は同時に予備校にも通う。学内は怒号が飛び交い学生運動真っ盛り。極めて落ち着かない歪なスタートとなった。
 最初の出会はフランス語クラス「よ組」の面々45人。皆大人びており、坊主頭で世間知らずの私は劣等感の連続。何かにつけて飲む機会があり、早々に自分が下戸と気づくが、母親の言いつけを思い出しずっと付き合うことに。様々な遊びと社会性の拡がりは彼らとの付き合いから。中でも、就職先(大東京火災、現あいおいニッセイ同和損保)同期で社長になったS君、学園マドンナのMさん(大手タクシー会社令嬢、藤間流とか琴の発表会によく動員?された)、スポーツ万能で麻雀得意のF君、ギター得意でバンド活動熱心なM君(4年時公認会計士合格)たちとは今でも親しく付き合い刺激をもらっている。
 因みに今は亡きグライダー乗りのM君は第一生命で志木稲門会の梅木氏と同期。クラブは一番商学部らしい「会計学会」に。公認会計士を目指す人達が学部問わず多数在籍。運営は講座単位で2人の先輩が4,5人の新入部員を指導する方式。会計学は奥が深く財務・経済の仕組を知るいい機会に。それ以上に先輩達との交流が面白く、5号館地下の部室にはよく通う。皆個性的で遊び好き、高校時代の秀才と全く違う幅広さとか意外性に溢れていた。麻雀は「澤田家」の常連。ダンスパーティ,合同ハイキング、合宿、早慶討論会などの催しも。私の講座の先輩は、野球好きのK氏(りそな銀行社長に)、弁舌爽やかなM氏(住友信託専務に)の2氏。今でもゴルフお酒のお付き合いを。
 合宿恒例の演芸大会で「公園の噴水」を演じ大喝采だった2年先輩のY氏(復興大臣に)も。早稲田での居場所ができたことで、沸き立つ様々な好奇心を満たすことを優先、入学後半年も経たないうちに予備校通いも建築家への道も見直すことに。それでも志すきっかけとなった丹下健三設計の代々木第一体育館、ル・コルビジェのデッサンとか絵は今でも大好き。旅先でも建築物に目が行くのは興味が継続している証拠か。仕送りは少なく奨学金12000円を足しても十分でなく、家庭教師他様々アルバイトを経験。スーパー店員、映画エキストラ、地質調査、ビヤガーデンなど。様々な世界を垣間見、様々な失敗もしたがいい経験に。西洋と日本文化を比較検討することに夢中になった時期も。アーチェリーと弓道、ギターと三味線、クラリネットと尺八など。古典落語全集を読み寄席に、シェークスピア全集乱読、スイングジャーナル片手にピットインに、植草甚一流雑学に憧れ・・・。
 ゼミは出居教授のOR(オペレーションズ・リサーチ)。様々な手法を用いて科学的な意思決定を行う斬新さに魅力を。ゼミ生3人(K君Nさんと)で、当時ごみ処理問題で困っていた東京都に、「燃えるゴミの小規模地域内焼却推進による効率化モデル」を提案。 卒業時のゼミ論文とした。片山講師(現名誉教授)とは英語経済学を縁に交流、後に私の結婚の仲人になって頂いた。
 就職は極端な青田買いの時代で3年の秋には内定。葛城教授の海上保険論を受講した時から、就職は損保と決めていたが、先輩の引きもあり大東京火災にその頃、就職内定を条件に渡航費用を融資するツアーをダイヤモンド社が販売友人Fとすぐさま申し込み40日間のヨーロッパの旅に。ユーレイルパスを
最大限活用、タルゴ(1車両16名のサロン車)など先進の特急列車を乗り継ぎ、北はノルウエーのベルゲンから南はイタリアのローマまで10数か国。百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、怖いもの知らずの貧乏旅行だったが様々な国の人たち、名所旧跡、美術館・・・数えきれない失敗とともに異文化に触れるいい経験だった。サクレクール寺院近くの有名なシャンソニエでは歌手は何と日本人「薩めぐみ」さん。聞けば証券学会(会計学会の隣)に在籍していた2年先輩とわかりビックリしたことも。

 早稲田の4年間は、親元を離れすべて自分で考え行動できる夢のような時代だった。自由を謳歌する充実感と不自由さも。その後の人生を送る上での指針原点ができたことが何よりの収穫だった。
早稲田で学んだ誇りと出会ったすべての人たちとの縁に感謝あるのみです。 
                                以上     
【写真上】会計学会4年時の仲間と。2列目一番左が私。

【写真下】ハムレットの舞台で有名な「クロンボルグ城」にてF君と。右が私