写真館

【山の写真集・第13回目<最終回>】 西日本の山

最終回は西日本の山の中で九州、屋久島、加えて熊野古道の写真を掲載する。昭和39年に刊行された深田久弥「日本百名山」を読み、その踏破を目指す登山者は多い。私もこの本は昔読み山行の参考にした。だが百名山を踏破しようという気持ちはあまりなかった。因みに百名山で私が登った山は91座で、残り9座は西日本に集中する。近畿、中国、四国の山には行っていない。やる気になればとっくの昔に踏破できたと思うが、そこへの拘りは薄かった。遠くに行かなくとも近場に素晴らしい山がたくさんあり、それで十分だった。だが九州の山は別で、屋久島の神秘的な自然やミヤマキリシマの花咲く美しい山岳写真に魅せられ、一度は訪れたいと思っていた。九州には2005年11月に屋久島、2006年6月に阿蘇山、祖母山、九重山、2007年11月に霧島山、開聞岳に行っている。

①熊野古道・大雲取越えのスタート地点那智ノ滝と青岸渡寺三重塔<2007年5月>

②中辺路「大雲取越え」、苔むす石畳<2007年5月>

③中辺路「小雲取越え」、賽の河原地蔵<2007年5月>

④中辺路「小雲取越え」、百間ぐらの地蔵<2007年5月>

⑤熊野古道・小雲取越えのゴール地点熊野本宮大社<2007年5月>

まず写真①~⑤は「熊野古道」である。熊野古道は2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコ世界遺産に登録された。熊野詣の道には主に紀伊路、小辺路、中辺路、大辺路、伊勢路、大峯奥駈道と6つの道があるが、私が歩いたのは熊野那智大社から熊野本宮大社に至る中辺路の「大雲取越え(15.0km)」と「小雲取越え(15.2km)」である。山越えの道で歩くには2日かかり、ほぼ中間地点にある小口の集落で1泊した。苔むした石畳の道や古びた石仏に熊野信仰の歴史を感じながら、様々な願いを持って神々の国・熊野を目指し、この険しい祈りの道を行き交ったであろういにしえの人々に思いを馳せた。

⑥ミヤマキリシマ咲く平治岳から坊ガツル湿原を見下ろす<2006年6月>

⑦九州本土最高峰中岳1791mから主峰久住山1787m(左)を望む<2006年6月>

⑧九州最高地点の秘湯・法華院温泉山荘。開基は鎌倉時代と歴史は古い<2006年6月>

⑨ミヤマキリシマ咲く阿蘇山、後方は高岳1592m、左に月見小屋<2006年6月>

⑩霧島連山・獅子戸岳から右に新燃岳、中央遠くに高千穂峰を望む<2007年11月>

⑪長崎鼻方面から海を隔てた開聞岳924m。薩摩富士とも呼ばれる<2007年11月>

写真⑥~⑧は「九重山」、⑨は「阿蘇山」。ミヤマキリシマの花が咲く時期を選んだ。⑥は花が満開の平治岳(ひいじだけ)から眼下に坊ガツルを撮った写真で気に入っている1枚だ。「九重」「久住」はどちらも“くじゅう”と読むが、山群の総称を九重山、主峰を久住山と区別するらしい。九州唯一の高層湿原「坊ガツル」の北西稜に位置する「法華院温泉山荘」(写真⑧)は九州最高所に湧く秘湯で、ここに宿泊したことも良い思い出になっている。
⑩は晩秋の「霧島山」。えびの高原~韓国岳~獅子戸岳~新燃岳と辿り、高千穂峰まで縦走した。⑪は薩摩半島最南端・指宿「開聞岳」。標高は1000mに満たない山だが山頂からは360度の大パノラマが広がり、南には屋久島、種子島の姿がはっきりと見えた。

⑫胸高周囲16.4m、推定樹齢7200年(諸説あり)の縄文杉<2005年11月>

⑬ウィルソン株(切株)。株の中には巨大空洞があり多人数が入れる<2005年11月>

⑭霧が一瞬晴れた宮之浦岳山頂。ヤクシマダケの草原と花崗岩の景観<2005年11月>

⑮緑一色の世界。白谷雲水峡の奥にある通称「もののけ姫の森」<2005年11月>

写真⑫~⑮は「屋久島」である。行く時期を11月にしたのは統計上一番雨が少ない月だったからだ。屋久島は“1ヶ月に35日雨が降る!”と言われるほど雨が多い島なのである。島でレンタカーを借り、安房の旅館に4泊した。入島2日目は「縄文杉」を目指す。朝の天気予報では全国的に秋晴れで、九州も沖縄奄美も晴マーク一色だった。海岸線から車で林道を走り一歩島の奥に入ると多くの山が山脈のように連なり、まるでロストワールドの世界に迷い込んだような印象を受けた。荒川登山口から縄文杉までは片道約4時間、歩き始めてしばらくすると何と雨が降り出した。晴を確信して出発したのだが縄文杉も雨で、雨は1日中降ったり止んだりした。夕方旅館に戻り安房の天気を尋ねると1日中晴れていたとのこと。周囲130kmの小さな島だが“海岸線は晴、奥地は雨”という気象環境に改めてすごい島だと実感した。3日目は淀川口から「宮之浦岳」(1936m)を往復。この山は九州で標高が一番高い。山頂は霧だったが一瞬霧が晴れて素晴らしい展望が広がった。4日目は車で島を1周、白谷雲水峡では苔の緑が一色の「もののけ姫の森」に感動した。 <完>
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昨年12月から毎月連載で13回、1年余りにわたり掲載してきた「山の写真集」もこれで終了です。私にとって本企画は過去30数年に及ぶ“山の集大成”とも言うべきもので、それを発表する場を設けていただいたことに深く感謝します。膨大な写真の中から掲載する写真を選別する作業は大変でしたが、山行の一つ一つに懐かしい思い出が蘇り大変楽しい時間でした。拙い素人写真と文章にお付き合いいただき本当にありがとうございました。
  

2021年12月 井上愼一

 

井上慎一の「山の写真集」

【第12回目】 北アルプス 穂高岳 涸沢

これまで北アルプスの多くの山域を取り上げたが、今回の「穂高岳・涸沢」で北アルプスは最後となる。掲載に漏れた山もあり、燕岳、大天井岳、常念岳、黒部五郎岳、鷲羽岳、笠ヶ岳、焼岳、乗鞍岳等々あるがまたの機会としたい。

「穂高岳」は北アルプス最高峰・奥穂高岳(3190m)を主峰とする山々の総称である。周りには北穂高岳(3106m)、涸沢岳(3110m)、前穂高岳(3090m)、西穂高岳(2909m)と3000m級の岩峰が立ち並び、正に北アルプスの核心部を成している。「涸沢」はそれらの山に囲まれた谷で国内最大の涸沢カールの中にあり穂高岳への登山基地となっている。2軒の山小屋があり、キャンプ場にはシーズンを通じて数多くのテントが立ち並ぶ。登山口の上高地から梓川を遡り横尾を経由して約6時間(標準タイム)の行程なので、1日目大方の登山者は涸沢に泊まる。私も涸沢をベースに穂高岳にはよく登った。西穂高岳へは岐阜県側の新穂高温泉から入るのが一般的だが、それを含めると私の穂高岳への山行回数は通算7回を数える。

①夜明け前、奥穂の上空に月が輝いていた。涸沢ヒュッテ前から<2012年8月>

②バラ色に染まるモルゲンロートの奥穂。とても神々しく美しい瞬間だ<2012年8月>

③涸沢カール、ナナカマドの紅葉。正面の山は涸沢岳<1999年10月>

まず写真①~③は涸沢。①は夜明け前、涸沢ヒュッテ前から奥穂とその上に輝く月を狙った。②は日の出直後モルゲンロートに赤く染まる奥穂、③は紅葉の涸沢である。涸沢ではいつも涸沢ヒュッテに泊まった。朝の写真を撮るには絶好の場所にあるからだ。だがこの山小屋は最も混雑する山小屋の一つで夏秋のハイシーズンには1畳(敷布団1枚)3人となることはザラにある。その場合頭を交互に寝る。自分の頭の両側には隣の人の足がくる。窮屈で寝返りもできない。夜中にトイレに行って戻ると自分の寝るスペースが狭くなっている。仕方がないので足をそろりそろりと隙間にこじ入れ足を延ばす。これが嫌だと山小屋には泊まれない。テント泊にするかだ。私はその後シェラフを持参し混雑が酷い場合には廊下に寝るようにした。余談になるが、北アルプスで一番大きな山小屋は白馬山荘で800人が泊まれる。夏の週末には満杯になる。食堂には人数のキャパがあり5~6回の入替制で対応する。宿泊受付順なので山荘着が遅くなると夕食が20~21時頃になってしまう事態となる。
穂高岳で思い出に残る山行は1999年10月の北穂と1997年10月の奥穂である。

④雨の北穂南稜から涸沢ヒュッテとキャンプ場を見下ろす<1999年10月>

⑤北穂山頂から遥か遠く、夕日に輝く後立山連峰の峰々<1999年10月>

⑥北穂山頂からの美しい日の入。雲に浮かぶシルエットの山は笠ヶ岳<1999年10月>

⑦日の出直後、朝日をいっぱいに浴びる槍ヶ岳。北穂山頂から<1999年10月>

⑧北穂山頂にて<1999年10月>

④~⑧が1999年北穂の写真。上高地から入山し2日目、涸沢から北穂南稜の登りは雨。計画では北穂山頂を踏んだ後に穂高岳山荘まで行く予定だったが山頂に着いても雨が止む気配はなく北穂高小屋に泊まることにした。雨で岩場が滑りやすく滑落危険があると判断した。午後は仕方なく小屋で昼寝。夕方になり窓の外がいやに赤いことに気付き外に出た。雨は止み西の空の雲が切れ夕日に北アルプス全山が赤く染まっていたのだ。何と素晴らしい景色か! 慌ててカメラを持ち山頂に行った。そしてシャッターを押し続けた。⑤⑥はその時の写真。それは私の長い山体験の中で最も美しく感動的な夕暮れの風景であった。また翌朝のご来光も素晴らしかった。⑦は朝日を浴びる槍ヶ岳で良く撮れた1枚だと思う。

⑨新雪の前穂北尾根。氷点下の厳しい寒さとなった穂高岳山荘前から<1997年10月>

⑩涸沢岳から雪化粧した前穂(左)と奥穂(右)、眼下に穂高岳山荘<1997年10月>

⑪朝日を浴びる槍ヶ岳(左)南岳(中)北穂(右)。涸沢岳山頂から<1997年10月>

⑫奥穂(左)~槍ヶ岳(右)の峰々と涸沢カール。前穂山頂から<1997年10月>

⑨~⑫は1997年奥穂に登った時の写真だ。1日目上高地から涸沢を通過し一気に穂高岳山荘まで行った。当時私はまだ若く元気があった。翌日は奥穂~前穂~岳沢ルートで上高地に下山の予定だったが雨風が強く山荘に停滞、連泊を決めた。その夜、雨が雪に変わった。この年の初雪だった。期せずしてうっすらと雪化粧した穂高岳を撮る機会に恵まれたのである。⑨は山荘前からの前穂北尾根。⑩⑪は涸沢岳山頂から日の出直後の写真で、⑩は奥穂、⑪は北穂から槍ヶ岳に続く峰々である。この日は1日遅れで計画通りのコースを上高地に下山した。幸い登山道に雪の影響はほとんどなかった。⑫は前穂山頂から撮った写真だが、既に雪はかなりが消えていた。天気は秋晴れ、爽やかな風の中、気分爽快に稜線を歩いた。

⑬大勢の登山者で賑わう奥穂山頂。標高は富士山、北岳に次いで第3位<2012年8月>

⑭ドーム型に聳える前衛峰ジャンダルムに霧が湧き立つ。奥穂山頂から<2012年8月>

⑮蝶ヶ岳からの穂高岳と涸沢カール。左に奥穂、右に北穂、中が涸沢岳<1999年8月>

⑬⑭は比較的新しい2012年8月に奥穂山頂で撮った写真である。
また⑮は1999年8月に蝶ヶ岳山頂から撮った穂高岳と涸沢カールの全景写真である。