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菊地正矩さんの「毎日、四国遍路報告」

27日目  4月22日(水)                  
出発地点:愛媛県上浮穴郡久万高原町到着地点:松山市一番町

下記の地図は1日の移動を表したマップで、実際に歩いた道、距離、時間とは異なります。

 

久万高原は寒い。45番札所岩屋寺へ最後の歩き急峻な登り20分と書いてあったけど、そんなもんじゃないね(!)
秩父にも岩屋の寺はあったけど、やはり迫力が違うね(!)
再スタート寺にしたけど、良かったのか(?)


26日目  4月21日(火)                  
出発地点:愛媛県喜多郡内子町 ~ 到着地点 : 上浮穴郡久万高原町

今朝はきちんと朝食を食べて6:30出発。ずっと川沿いを進みます。四国は山が急峻で、しかも岩盤が固く、雨が多いからでしょうか?
兎に角、川が多く、綺麗、滝も多い。昨日、内子に泊まったのは、内子座が見たかったからで、今日の行程を考えれば、大瀬の宿に泊まるのが正解なのですが。でも大瀬も良い町並みですな。
さて、この先いくつかのルートがあり、しかも分かりにくい。
何回か間違えたり、何方にするか躊躇しましたが、結果、昔の遍路道らしいが、舗装されているルートを選択しました。実は今日のコースは、40km前後で結構ハード。そこに持って来て、44番札所大宝寺の納経の時間も気になるところです。
結果、途中のメイン鶸田峠への最後の登り2キロをノンストップで登り切り、札所の納経所に駆込んだのが16:45、間に合った。
宿はそこから約1時間。いやしの宿「八丁坂」は噂通りの素晴らしい宿です。到着は18:05 歩いた歩数は62,507歩

ここで皆さんにお知らせです。
明日45番札所岩屋寺の山門前で今回の遍路旅は中断とさせて戴きます。
誠に無念ですが、コロナウイルスの災厄は半端ありませんでした。
日々宿が予約出来なくなり、店の臨時休業で昼食も満足に摂れない、お遍路さんもどんどん少なくなり、ここ数日は殆どお会いしません。宿の方とお話するくらいしか会話が無いのです。
札所の納経所によっては、呼出ベルを押さないと人が出て来ない。
出て来ても、長い棒で納経帳の受け返しの小窓を開けて、マスクと手にはビニール手袋で対応。遍路を楽しむ環境とはとても言えない状況と判断し、中断することといたしました。
明日、45番札所岩屋寺の山門前で今回の遍路旅は中断とさせて戴きます。
来年の同じ時期にここ45番山門から再スタートします。
ここ迄の応援、本当にありがとうございました。
来年、また報告させてください。

 

25日目  4月20日(月)                  
出発地点:愛媛県西予市宇和町 ~ 到着地点 : 喜多郡内子町

今朝は昨日参拝出来なかった43番札所明石寺に行くために6:30スタート。7:00に納経して戴き、今日の参拝は以上。内子町に向かいますが、霧雨や小雨が時々の鬱陶しい天気。相変わらず雨と体温調節で手袋、ウインドブレーカーをこまめに脱着。こういう時は変な事を考えますね。先ずは、歩道がこんなに傾いていたら歩きにくい。お年寄りに、歩くな、と言ってるようなもの、1日何十キロも歩く身にもなってみろよ、と嘯いたり。次は、「愛媛県に入ったら、やたら精米機が目立つ。何故か?」麦畑も目立つが、米は贅沢品だから本当に美味しい物を食べたいから?結構クボタもイセキも看板が目立つから農機メーカーの過剰競争のせいではないか?なんて馬鹿な事を考えている内に、鳥坂隧道に差し掛かると、これが恐怖の歩道無しトンネル1,117メートル。そこで取り出したのが、誰か何の為に買ったのか分からないが家にあったので持って来たシグナル灯です。これを胸のところにぶら下げて赤くチカチカ、イヤー驚くほど効きますな。車が面白い様に避けてくれます。最強。歩き遍路をされる方には強くお勧めします。立派な大洲城を臨み、その下の川に浮かぶ川船は何だろう?なんてことを考えながら進みます。
昼はジョイフルという四国のレストランチェーン店で久方ぶりの定食、朝飯も満足に食べてないから美味しい。
午後は快晴となり、靴からサンダルに切替えてアンヨも絶好調。
予定通り内子の宿には15:05到着。歩いた歩数は47,748歩。
時間があるので、洗濯機作動中にお散歩。是非、中も見たかった内子座ですが、外観だけでも良い雰囲気です。食べてみたかった鯛めしもコロナの為にテイクアウトのみ、という味気なさ。しかし、町並みは素晴らしく良い雰囲気。夕方から宵にかけて浴衣かなんかでそぞろ歩きしたい、誰とだ?当然だろう。良さげな酒屋を見つけ、チョイと試飲を。「これが内子の酒かい?スッキリしてるね。」「鯛など白身の脂の載った魚に合いますよ」ということで我が家に違う酒を二本送りました。
さて、今夜はホテルですが夕食を付けて貰いました。周りの店がやっているか保証がないからです。
飲み放題まで付けましたが、如何でしょうか?吉と出るか、はたまた凶か?

 

24日目  4月19日(日)                  
出発地点:愛媛県宇和島市津島町 ~ 到着地点 : 西予市宇和町

今日は6:00に美味しい朝食を頂き、優しい大畑旅館のご主人の見送りを頂きながら6:30出発。
国道56号線を着実にトレース、早く出たのに中々距離が伸ばせない。遂に想いの場所、宇和島の中心地に、凄く後悔。私が仙台の出身で、宇和島は伊達藩の分家です。ゆっくり見たかった。今回の計画て最大の反省は、遍路中心過ぎて、観光のスポット訪問、美味しい地元食を堪能、が出来なかったことです。
順調に41番札所龍光寺、42番札所仏木寺を参拝し、次の43番札所明石寺を目指した時に、確認もあり、ナビを働かしたら、県道273号線を示しました。県道35号線を行くとばかり思っていたのですが、ナビに導かれるままに行ってしまいました。登り15分、下り45分位の所で、同年代の方々に停められました。「43番札所明石寺を目指しているのかい?」「そうなんです。天候が悪化しそうなので、山道の遍路道を回避したくてナビを働かしたら此処に来たのですが」、「昨年の水害で通れなくなったルートがあり、最近開通したけど、何人も同じ様にこちらに来て、先日もデンマークの女性を元に送り返したよ。」ですって。水害の影響とは言えとんでも無い間違いでした。
結果、たまたま今日は、仏木寺の奥ノ院のお祭りがあるために、皆さんが集まっていたらしく、その奥ノ院の近くまで送って頂くことになりました。奥ノ院へと遍路道は途中まで同じで分かれる所まで送って頂くことになりました。
余計に歩いた距離と仏木寺から奥ノ院分岐迄の距離とがほぼ同じと考え、ここから再スタート。だけど未だ10kmくらいはあるんだよ。結果到着は18:0歩いた歩数は62,507歩でした。
文明の利器は便利だけど全能では無いな。
水害で通れなかったことが考慮されていたとしたら、どうするんだ?


23日目  4月18日(土)                  
出発地点:愛媛県南宇和郡愛南町 ~ 到着地点 :愛媛県宇和島市

今朝起きたら、また、厶、厶、厶、下痢気味か?コンビニ食は私の身体には合わない、前回もそうだったし、夜に結構雨が降ったのも同じ、とかブツブツ言いながら5:50出発。昨日参拝した観自在寺のそばを流れている僧都川に朝日が降り注いて綺麗。
昨日、思い切って荷物の一部を送り返したのが、重さは2キロないかと思うのだが、凄く軽く感じる。それよりもザックの中に余裕が出来て、毎日ファスナーが壊れるのではないかとビクビクしながらパッキングしていたストレスから開放されたせいかとても快適です。
愛南町柏の辺りで、車から呼び掛けられました。中年の男性から写真を渡されて、「これは我が家から出て来た戦艦大和の写真ですが、一般に公表されているものと大きく違い、こちらの方が本物と信じ、それを皆さんに知って貰いたくて写真をお渡ししています。」見較べて見ると、確かにこちらの写真は波が物凄く甲板も見えない。それに対し公表のものは波が少なく甲板が見えています。
お別れすると目の前に遍路休憩所が。早速トイレを使わせて頂き、休憩所の中に。素晴らしい、トイレも物凄くキレイで簡易トイレなのに本当に頭が下がります。休憩所の中には無人なのに温かいお茶、コーヒーも飲める様になっており、有難く朝食代わりのミニ大福とアスパラガスビスケットを温かいコーヒーと一緒に頂きました。温かな気持ちで進むとトンネルのそばにこの遍路旅2回目の人、自転車用の隧道がありました。「嬉しい」歩道がありますから、車に轢かれることは無い、と思っていますが、あのトンネル内の音他には思いの外にストレスを感じます。本当に有難いと思います。柏という地名にも親しみを感じますし、また来たい町ですね。
愛南町では風力発電のプロペラが山の上にいくつか見えました。
更に進み、「ゆらり内海」という温泉施設もありましたが、当然の如く臨時休館です。
遂に宇和島市に突入。宇和島は伊達藩ですよね。私は仙台の出身、じっくり見たいものです。
海はやはり外海、太平洋とは違い、何かまったり、とした感じですね。
今夜の宿、大畑旅館があるのは岩松地区で獅子文六が「てんやわんや」という小説で紹介しています。ゆっくりとした良い町ですね。早目に着いたので川に沿って散歩しながらリフレッシュの時間を頂きました。
昼食も店の臨時休業が目立ち、宿も休業が増えて、寺も納経所閉鎖や寺を閉鎖するケースが急増しています。
今の気持ちはやれるところまで、です。

 

22日目  4月17日(金)                  
出発地点: 高知県宿毛市宿毛~ 到着地点 : 愛媛県南宇和郡愛南町

今朝は6:30から朝食、私はシラス丼でしたが、美味しかった。
7:10出発、午後の天気は不明なれど高曇りで歩きやすい気候。
特に感動的な風景も無く、一本松温泉施設に到着。温泉、入りたいなぁ。でも余裕ないし、休まずに前に進みます。
13:00には一旦、今夜の宿に到着。16:00チェックインなのに無理を言って荷物を置かせて貰い、40番札所観自在寺まで参拝に往復。14:00に戻る
明日から3日程続く雨にも対応し、荷物が出しやすいように考えて初めて荷物を減らす決意をしました。人生初めてではないですか?重いよりも荷物の出し入れが大変なのが要因です。
でもコロナウイルス関連なのか、洗濯禁止?結果、洗濯してない臭い靴下を3足、同梱しました。送り返した主なものは、ドライヤー、モバイルバッテリー(スマホのバッテリー容量が大きいので必要ない、と判断)、医薬品(下痢止めを除く胃腸薬、マメ対策以外の外用薬、抗生剤や風邪薬の半分、伸縮テープ等々)、靴下他は二組に減らしました。
コロナウイルスの影響が急速に来ているのを感じます。
何処まで行けるか?何処までやれるか?分かりませんが頑張りたいと思います。尤も、明日からの雨を考えると気が重いのですが。
歩数は34,332歩です。

 

21日目  4月16日(木)                  
出発地点:高知県幡多郡三原村 ~ 到着地点 : 宿毛市宿毛今朝もスタートはミスの発覚から。昨夜宿の親父さんと浜松からのお遍路さん(凧さん)の話が何となく入って来て、「明日、明後日の距離が長いからね」という言葉が頭に残っていました。起きてからも何か気になって予定表と地図を見較べて確認しました。
厶、厶、厶、今日の宿泊場所は月山神社コースに併せて選択していて、今日のコースでは短過ぎて昼前に到着してしまう。明日は雨が予想されている時にこれは勿体ない、という事で宿泊予定していた宿に丁重に断りの電話を入れ、改めて宿毛市内の宿を予約し直しました。フーッ、朝飯を頂きに行くとそこで出た話は、「54,56番札所が納経所を閉めたらしい」というニュースでした。エ、エ、どうなるんじゃ!兎も角飯を食って出発してから考えよう。
という事で7:25出発。
最初一緒だったのは、デンマークからの留学生コペンくん、彼は短期留学生制度を活用して来ているらしく、3年前に早稲田大学で半年、そして今回は名古屋大学で半年で帰国する前に、お遍路さんをしてみようと思い立った、という事です。専攻はコンピュータサイエンス、だそうです。彼と拙い英語と日本語でやり取りしながら歩いていると、サーッと抜いて行ったのが凧さん。何じゃこのスピードは、一瞬付いて行こうかと思いましたが、これは無理をするとこちらが潰れる、という事で、コペン君に「Go by your pace」(英語合ってるかな?)と言うと若さと長いコンパスであっという間に先に行ってしまいました。
少し寂しいけれどこれで良かった、とマイペースで延光寺へ。
明日から暫くは天候は良くなさそうなので、周りを見ながら暑いくらいの陽射しを浴びながら進み、
ホテルアバン宿毛に着いたのは14:00 歩いた歩数は35,590歩でした。

ごめんなさい(_ _;)また追伸です。
凧さんの命名は浜松祭りにあります。5月の連休に行われる豪壮、壮大な祭りで、昼は大凧揚げ、夜は御殿屋台引回し、ととにかく凄い。是非、ネットで検索してみてください。浜松のワンゲルの友人は「これは徳川家康が、浜松の男の精力も金力もこの三日間で抜き取る作戦だったに違いない」と言い切る程のものです。
コペン君との会話で困った例を、私は彼らもヴァイキングの末裔だと思っていて、ヨットに乗るか?と聞いたらヨットが通じない。セイリングと言ったら通じた?ヴァイキングは全く通じなくて、話はそこで終って、私は置いて行かれた。
宜しくお願いします。

 

20日目  4月15日(水)                  
出発地点:土佐清水市松尾 ~ 到着地点 :高知県幡多郡三原村

今朝は6:35出発、民宿くろうさぎ到着は16:00 歩数は53,998歩
エッ、デスマッチじゃなかったの?という疑問一杯かと思いますが、昨夜の夕食の時に宿の女将さんに具体的にコースを変更せざるを得なく、このコースを考え宿はくろうさぎを予約した事を話し、時間的に厳しいので出発時間を早くしたい旨を相談したのです。
すると女将さんは「簡単よ。このコースにすれば距離も短く高低差も大したことないから。」ですって。では、そのコースに従った今日の報告をします。
青岬は夕食、朝食、おにぎり弁当、全て最高でした。
6:00から美味しい朝食を頂き、6:35出発しました。先ず昨日のコースを30分弱戻り、右足摺岬、左四万十市の分岐を左に行きます。直ぐに松尾トンネル1,057メートルを通り、土佐清水港を見ながらひたすら四万十市方向に進みます。以布利トンネルを抜けて暫く行くと、昨日私が足摺岬に向かった道にぶつかりました。ここからは昨日、一昨日歩いて来た道を戻ります。つまり打ち戻りになってしまったのです。これは右延光寺、左金剛福寺の標識まで続きました。到着11:40、美味しいおにぎり弁当を頂き、改めて出発です。この三原村に向かう道も遍路道なのです。本当にコースが一杯ある区域です。
今朝は薄曇りでしたが、大岐の浜を通過する頃から良い天気になって来ました。この三原村コースも人は工事現場の方とミカン畑で働いていた方々全部で30人居たかな?勿論、お遍路さんはゼロです。ということで、今日は歩くことに集中していましたが、くろうさぎまで5.5kmの看板を見た途端に緊張の糸が切れたのか、歩く気にならない状態に陥りました。仕方ないので、スマホに入れてあるミュージックから好きなアルバムをスマホから音を出しながら歩きました。誰もいないから出来たことですが、恥ずかしいことです。
くろうさぎはどぶろくが有名ですが、どうかな?楽しみです。

 

19日目  4月14日(火)                  
出発地点:土佐清水市大岐 ~ 到着地点 :土佐清水市松尾

今朝は宿の女将さんが夕食時に「明日の朝日はダルマさんかも」と言うので、朝5:30過ぎからスマホを構えていました。日が上りだしたのは5:40少々前でしょうか。ダルマさんとは太陽が水平線を離れる直前に反射のせいでしょうか、縦に2つ重なって見えるのです。確かにダルマさんでしたが、写真の腕が悪かった。
6:30朝食、7:00出発しましたが、出発前は明日のハードスケジュールを考えて短時間コースを選択しようと考えていました。その事を女将さんに話したら「今日青岬さん(今夜の宿)に行って戻って来ないのであれば、海岸線を行かなきゃ面白く無いよ」と言われました。ぎゃふんです。この四国遍路の話をホームページに掲載することにさせて戴いたのは、微力ながら皆さんに四国の明るい景色や温かい雰囲気をお伝えして、少しでもエネルギーアップになれば、と考えたからです。
それが明日のデスマッチにビビリ、楽しくも無いコースを只黙々と歩くなんて、とまた反省し、海岸線の遍路道を進みました。
先ずは、大岐海岸の砂浜の遍路道を進みました。これは辛かった。砂が本当にサラサラなんです。波が引いた直後の部分も沈むんですよ。途中の遍路小屋の所から国道に避難です。でも砂浜に立つ遍路小屋は泊まってみたいなぁ。
その先の港に近付いた所で車の女性に「魚に興味ある?あるならあそこでブリを水揚げしているよ」と教えて貰いました。早速見に行くとブリと鰆があがっていました。鰆は昨夜も食べたし、高知では結構出てきますね。
その後は砂利だらけの海岸を歩いたり、山道の遍路道を歩いたり、変化に富んでいます。でも「あしずり遍路道」には入らない方が良いですね。これは何でも山道に入れてしまおう、という様なコースでトレイルランニングに向いているコースですね。途中で2人ほどお遍路さんに行き違いましたが、これは昨日のコース変更でお話しましたが、足摺岬の先に行くよりも戻って行くほうが38番金剛福寺から次の延光寺まで行く距離が短いからです。
足摺岬から先の景色も堪能し、今夜の宿青岬に着いたのは14:40
歩いた歩数は41,186歩でした。
では、明日の報告は何時になりますか?お楽しみに!


18日目  4月13日(月)                  
出発地点: 幡多郡黒潮町 ~ 到着地点 : 土佐清水市大岐

今朝は朝食代わりにおにぎりを受け取って、6:30に出発。宿を含め巨大な複合体育施設らしいが、コロナウイルスの為か他の理由かガラガラ、両方の理由だとは思うがバブル期は良くやったもんだね。
遍路道を進み、1時間くらい経過、腹も減って来たな、と思ったら車からおばあさん(俺におばあさん、と言われたら怒るかな?)がバナナを手渡してくれて「頑張んなさいね」。有り難く速攻で頂きました。今日は風が強く高知県には暴風警報が発令されていました。風の強い所は、ウインドブレーカーに手袋で時々は菅笠を抑える必要が有りました。圧巻はかの四万十大橋を渡った時ですが、風速はいくつだったのでしょうか?
片手に金剛杖、片手で菅笠をしっかりと抑えて、飛ばされ無い様に、腰を落として、両足はがに股開き、南無大師遍照金剛をずっと唱えながら、風の抵抗に逆らいジワジワと渡りました。何度か身体が車道側に振られましたね。
反対に伊豆田道という遍路道を行った時は風は無く、登りは当然熱くなりウインドブレーカー、手袋は脱ぐことに。雨も大変だけど、風もねぇ(!)宿の女将さんが言ってた「こんなことは滅多に無いよ。今日のは爆弾低気圧のせいだから」だって。午後13:00過ぎの疲れて歩いていた時、30前後の青年が「そこのたこ焼き屋で買ったものですけど、食べて下さい」とまだ温かいたこ焼きを差入れてくれた。
今日は久々に早く15:20大岐の浜に到着。歩数は45,525歩でした。
今日は足摺岬から先のコースを変更せざるを得なくなった事をお知らせします。
元の計画は折角だから1番大回りの月山神社経由を選択していました。宿を予約しようと連絡したら、その日はレストランが休みなので食事を提供出来ない。近くで買えるのか問うと、近くには有りません、ですって。
ということで、益野から今ノ山経由のコースを選択したのですが、これも課題が、登りも結構あるし、距離も40km超えか?デスマッチ確実。どうするかもうチョット考えます。変更は確実ですが。

 

17日目    4月12日(日)                  
出発地点: 高知県高岡郡四万十町 ~ 到着地点 :幡多郡黒潮町

まずは昨夜紹介し忘れた地元の米を使った現地酒蔵が醸したお酒。
中々でしたなぁ。今朝は失敗から、昨夜6時から勤行と言われていたので、5分前に玄関に、でも誰も居ないし、案内もなく寺の方が居られる区域は真っ暗。6時30分の間違いかと解釈して部屋に戻り、6:30に玄関に行くと外の本堂の方で何か動きが。アチャー予定通りやってたんだ。自分は面白そうなことは積極的に突っ込むが、勝手にどうでも良いと思うと、待ちになってしまう煩悩丸出し。
おおいに反省しつつ、雨対策は持参した装備で最高のスタイル。セバレーツ雨具上下(ゴアテックス)、高知市で買い替えたモンベルの雨用スパッツ、今回の為に買ったゴアテックスの手袋、そしてザックカバーで7:00に出発です。
お大師様は朝の勤行を忘れた小者の罪はあっさりとお許しになり、丁度出勤された寺の方が国道に出る近道を教えて下さいました。私が勝手に想定したルートたは大違い。良かった。
こういう雨の日に本当に有難いのは、濡れずにザックを降ろせて、自分も座れる場所。遍路休憩場所やバス停が該当。岩本寺から7km位の場所で、80代位の男性に「寄ってかない。コーヒー入れるよ。」と声を掛けられ「はーい、良いですか?」と招かれるままに庭に設えられた屋根付のスペースに荷物を置かせて頂き、ドリップのコーヒーを頂きました。四国に来て初めてのマトモなコーヒー。不味い訳ないよ。札所の寺が商業的になり過ぎている事や、遍路で1番儲かっているのはモンベル、というお話を伺いながら頂きました。四国に来て何回目かのお接待でしたが、この雨の中の暗い心の中にお灯明を灯して頂いた様な、明るい、温かな気持に切り替わりました。ゴアテックスの手袋は雨用としては失敗。濡れて絞れるようになってしまい、一度は仕舞ましたが、午後から風が強くなり素手では低体温症になりそうだったので(エネルギーゼリーの蓋を開けられないくらい、手に力が入らなくなった)水を絞って使った。
しかし、一人で辛いときに口づさむのは何故かワンゲルのイベント時に歌っていた「ガンバレ節」や「安曇節」そして山の歌、演歌なんだよね。勿論「南無大師遍照金剛」も唱えてましたよ。
さて、今夜の宿泊はネスト*ウエストガーデン土佐という昔のリゾート地のホテルで、私がこんな所に泊まって良いの(?)
夕食も高知市で連泊して以来4日振りのマトモな食事で、勿論生ビールと梅木さん御推薦の司牡丹の燗酒2合で堪能。
明日、天気になあれ(!)(!)
追伸、もう一つ大きな失敗。ザックカバーは余り新しいタイプではなく、底に水抜が付いていなかった。結果、隙間から水が入ってザックカバーの底に貯まり、それがザックの中の底部に侵入して、全てビニール袋に入れてあったが、湿ったのもあったので、大乾燥大会になってしまった。


16日目    4月11日(土)                  
出発地点: 須崎市西町 ~ 到着地点 : 高知県高岡郡四万十町

今朝はカップラーメンを食べて6:00に出発。実は昨日の夕食と朝食を調達するのが大変だった。遅く着いたのもあって、教えられた弁当屋は「食べられるものはもう有りません」、ホテルの隣のラーメン屋は臨時休業。唯一開いていた酒の安売ショップで、カップラーメン、カップ焼きそば、カレーパン、パッケージされたポテトサラダ、酒類を購入、精算して「お箸ください」と言ったら「有りません」、「エッエッ」
ホテルに戻り探せども箸はなし、何としても食わなくちゃ、結果使ったのはホテルのアメニティの歯ブラシ。これで焼きそばもカップラーメンも食べた。今晩からは箸は必ず確保。
話を戻して、今日はサンダルで山道の遍路道を行くことに。焼坂遍路道と土佐往還のそえみみず遍路道。名前の由来は色々とあるようですから皆さんがネットで調べて見てください。それにしても人がいない山道は寂しい。山に慣れていない人では怖くて仕方ないのではないかな(?)山道は楽しいけれど時間が掛かる。結果、昼飯も食べずに納経に間に合わせようとしてしまう。でも途中で今年初めての鯉のぼりとトンボを眺めることが出来た。蛇も見たぞ(!)ヤマカガシだと思うが、スマホを構える内に穴の中に。
時間前の16:20に37番札所岩本寺に到着。参拝し納経して、ここの宿坊が今夜の宿。でも今度のコロナウイルス騒ぎで食事は持込になってしまった。近くもないスーパーに夕食、朝食、そして明日の昼食を買いに行く。何故か、明日はかなりの雨が予想されている。何処でも簡単に栄養補給出来て水を欲しがらないゼリーを購入。
明日は6:00から寺の修行がある。
どんな格好で出発することになるのかな?

 

15日目    4月10日(金)                  
出発地点:土佐市高岡町 ~ 到着地点: 須崎市西町

今朝は昨日打つことが出来なかった35番清瀧寺に行く為に5:15にホテルに荷物を置いてスタート。もっと時間が掛かるかと思いましたが、6:00前に到着。納経は7:00からですから、じっくりと経文を唱え、鐘を突いたり、休憩スペースで7:00を待ちます。土佐市に日が昇るのをじっくりと見たり充実した朝の時間を頂きました。
ホテルに戻り、パッキングし直して36番に向けて出発です。
今日は36番を打った後に埋立から巡航船で海の遍路道を横浪まで行きます。このコースは元々弘法大師が拓かれたコースらしいのですが、お遍路さんは結構敬遠気味とか。問題は日に3便しかなく、10:05の後は14:50になるのです。当然14:50になりますから、36番青龍寺にはゆっくりと景色を楽しみながら進みます。ゆっくりと参拝を済ませ埋立へ。ここは本当に分かりにくい。待合室で予定を整理し、今夜の宿に18:30過ぎに到着することを連絡したり、やることは意外にある。
巡航船ではまたも一人だけ、少々寂しい。横浪まで620円也。
15:40到着なのでここから約10km。今日の宿は予定していた2つに断られ何とか予約出来たホテル。断られた理由は、須崎市は大きなセメント工場がいくつか有り、それが4月初めに定期メンテナンスを定例的にやるために、宿が一杯、だそうです。
到着18:20 歩いた歩数は48,525歩
ここで、マメのメンテナンス方法を。最新の情報に基づき昨日実践しました。良いと思います。
マメは潰れていなければ、消毒した針で2箇所程。穴を開けて水をシッカリ抜きます。マメが潰れていれば、皮を綺麗に切り取ります。
忘れてましたが、最初にやることは患部を良く洗う、洗剤を浸けてもOK。今の傷の治療の基は良く水で洗うことにあり。
マメの下処理が終わったら、「ハイドロコロイド」のテープを貼ります。これでお終い。
ハイドロコロイドは高いのは1つづつパッケージされていますが、高いので私は今回は安い包帯状のものを持参しました。昨日使った結果は良好。激しく動くと熱で靴下に付きますが、通常であれば貼りっぱなしで治るまで(2~3日)貼りっぱなしでOKです。


14日目    4月9日(木)                  
出発地点:高知市 ~到着地点:土佐市高岡町

今朝はホテルにフミチャンが来てくれて、一昨日歩きをストップした30番札所善楽寺の隣の土佐神社前から再スタートしました。土佐神社は1つだけお願いすると効能あり、と聞いていたので当然「コロナ退散」をお願いしました。高知の友の優しさに触れ里心、人心が湧いてきたらしく別れたくない、もう行きたくない、という気持が辛かった。竹林寺は最後に牧野植物園の中を通り素晴らしい風景です。ゆっくり見たかったなぁ。次の禅師峰寺に行く途中で愛知からの方と知合いました。2回目で八十八ヶ所ブラス別格を歩かれているそうで、私の今日の計画は無謀だ、と言われました。後から確認したら、泊まる所は問題なし。何を勘違いしたか宿泊する場所より先の35番清瀧寺を打つことにしていたのです。
そこから種崎のフェリー乗り場に急がなくてはなりません。12:10の後は13:10なのです。禅師峰寺を出たのが11:00、道を間違えてはいけないのでナビを働かしたら、到着予定時間は12:25。間に合わないじゃ、そこで諦めないのが悲しいかな元体育会、やるだけやってみろ。
という事で早歩き、小走りを入れてフェリー乗り場に着いたのは発岸1分前。間に合った。僅か乗っている時間は5分少々ですよ。
そこから33.34番と打って今夜の宿「ビジネスイン土佐」に着いたのは16:45 歩いた歩数は53,641歩でした。
フェリーに間に合う様に急いだ報いは足にマメが出来て、潰れて、皮が剥がれた状態でした。


13日目    4月8日(水)                  
休養日:高知市

今日は四国遍路旅初めての休養日。友が別荘でジンギスカン鍋を振る舞ってくれました。その前に高知駅そばの郵便局にお金をおろしに行き、途中の風景を楽しみました。駅前にあった幕末の3英傑は実は発泡スチロールであることを後から知らされてぎゃふん(!)
ホテルに迎えに来てくれて、途中鏡ダム、という高知市の水瓶の貯水池に桜と風景を眺め、その奥にある友の手作りの別荘に。そこでジンギスカン鍋を食べながらヒマラヤや山の話に、何時までも箸も話題も尽きませんでした。
夜は1人で、肉厚のカツオのたたきで高知の街に別れを告げました。

 

12日目    4月7日(火)                  
出発地点:高知県香南市夜須町~到着地点:高知市

遂に緊急事態宣言が出されました。遍路をされている首都圏の方々も自嘲気味に「東京脱出して来ました」と話されていますが。家族や仲間の事を思うと、どうしたら良いのか分からない、と言うのが正直な気持ちです。今は只、諸仏、お大師様に「コロナ退散」を祈るのみです。
そして私の発信で少しでも皆さんに明るい四国の風景、雰囲気をお伝え出切れば、と願っています。
さて、今朝は昨日思ったよりも時間が掛かり遅くなった事を踏まえて、朝食無しで薄明るくなった5:10に宿を出発しました。途中のコンビニでおにぎりを食べて、予定通りに進みます。途中で、自転車に乗った中学生、高校生に出会い、??、一瞬何なのか理解出来ませんでした。高知では学校が始まっていたのです。いやー、何か明るく嬉しくなってしまいました。また、新入生でしょうね、着飾ったお母さん、お父さんと写真を撮る光景にも出会しました。本当に良いですね。
今日はナビを5回程作動させました。高知県に入ったら遍路道の案内が驚く程少ないのです。徳島県では、これでもか、というほど沢山のシールが貼られていたのですが、高知県では「道は自分で探せ」と言わんばかりに少ないのです。これは今後、愛媛県、香川県と歩いて行って検証したいと思います。と言う事で、本当に間違えた道に入ってしまってナビを働かした事1回、余りに案内が無くて不安になって確認の為にナビを働かした事4回となりました。
29番国分寺を打って、カレーランチを食べて居ると、高知のM氏から電話があり、国分寺まで迎えに来ると言うのです。慌てて、通しで歩いているので、車で移動したら、次はまたその場所まで戻って再開しなければならないのがルール、と説明して、次の30番札所善楽寺で待合せとして貰いました。善楽寺到着、14:15
歩数は44,369歩でした。
という事で、車で高知市内に入り、先ずはmont-bellストアで布製ベルト、スパッツ、フリーロックストラップ(切って適当な長さで使えるマジックテープ)、五本指の靴下(今回の様に靴と草履型サンダルを使う時にはこれが最高なので買い足し)を購入して、ホテルに来ました。そこにはもう一人の仲間、飲兵衛のKさんが待っていて、ホテルチェックイン後、私はシャワーを浴びて直ぐに彼の行きつけの飲み屋に行きました。フミチャンやM氏を含めた宴会は17:00からなので、軽くですね。
さぁ、17:00飲むぞ(!)お通しに出てきたイタドリの煮物の美味しいこと、皆さんも春の高知に来られたら是非食べてみてください。
筍、ドロメ(透明なシラスの様な小魚)、後は何を食べたか覚えていません。今日はこの辺で。

 

11日目    4月6日(月)                  
出発地点:高知県安芸郡奈半利町~到着地点: 高知県高知市

昨日、フミチャンから元気を貰い、今朝はモネの庭で購入した「ユズアンパン」を食べて5:30に出発。27番札所神峯寺(こうのみねじ)を目指しました。ここの登りは4kmで430mというジワジワとしたちょっと嫌らしいものでした。ここを降るとひたすら高知市目指して進みます。途中の道の駅で「土佐ジローの親子丼」のランチを堪能し、ソフトクリームも食べて、安芸市を経由します。安芸市の様な中型の町が寂れていく、人が少ない、というのは何とも言えず物悲しく感じるものですね。安芸市を過ぎる辺りから国道の車は急激に増加し、細い歩道が有っても圧迫を感じます。地図を見ると海岸寄りにサイクリングロードがあることに気付き、そちらに移動しました。道は快適でしたが、そこからが長かった。
結果、今夜の宿「住吉荘」には17:00ジャスト到着でした。今日も疲れた。16:00頃に着くつもりだったのに。歩数56,150歩
明日は愈々高知市だ(!)

神峯寺(こうのみねじ)は、4kmで400メートル登って最後にこの階段だよ

 

↑登りの遍路道、住吉荘

 

10日目    4月5日(日)                  
出発地点:室戸市室戸岬町~到着地点: 安芸郡奈半利町

今日は宿を6:30に出発。高知から今日1日歩きを付き合ってくれる、というフミチャンと8:00に25番札所津照寺山門で待ち合せていたからです。無事に合流し、25,26番札所(金剛頂寺)と参拝して、今夜の宿ホテルなはりを目指します。因みにフミチャンは私の奥さんと前の会社の同僚で故郷高知に帰って働いています。私とは共通の飲み仲間であり、明後日に高知市内で3年ぶりに会う山仲間(2000年ヒマラヤから)とも高知の山岳会で一緒です。4月7.8日は鯨飲する予定です。
途中、吉良川の町並みを楽しみながら、美味しいランチも頂きながら奈半利の町へ。ホテルに着いたのは、15:30、彼女の車で北川村のモネの庭を見に行きました。ここは前から行きたかった所。人工的ですが素晴らしい庭園です。その先は柚子で有名な馬路村もありますので、是非行って見てください。彼女と明後日の再会を約し、今日はあっさりと、さようなら(^^)/~~~。
今日の歩数は46,977歩


9日目    4月4日(土)                  
出発地点:高知県安芸郡東洋町~到着地点:室戸市室戸岬町
*下記のMAPは出発地と到着地の1日の移動を現わしたもので、実際の所要時間と距離とは異なります。

今日は7時に出て約37kmを歩きましたが、もう最後で全精力を使い切りましたので、そこに集中して報告します。植田さんからも強く勧められた御厨人窟に着いたのが15:50ころ、寺の納経は17:00迄、そして御厨人窟は数年前に一部崩れて、一時入れない時期もありました。今は入口含めて補強して、ヘルメット装着で入れる様になっていましたが、時間がないのでパス。実はここは46歳の時に四万十ウルトラマラソンの帰りに寄ったことがあるのです。その頃に四国遍路やお大師様の事が自分の中でより鮮明になった気がします。そして最御崎寺の遍路道に取り付いたのが16:00過ぎ、そこから必死で登ること30分、ぜぇぜぇハァハァの荒い息のままに納経所に直行、先ずは御朱印を頂き、その後に落ち着いて参拝しました。もっとも、燈明もお線香の立てる場所も綺麗にされていて、いくら時間内とは言え、その場を触る気にはなりませんで、省略。納札とお賽銭、御経文をきちんと上げて参拝終了。さぁ、早く宿に行ってビールだ(!)しかし、下山路が分からない。宿に電話すると「山門を出て右に行ってスカイラインに出たらそこを下って−−−」、良く分からん。スカイラインとは寺に上がって来る車用の立派な舗装道路でした。金間違いなくある。と言う事で、長い1日は終わりました。「うまめの木」到着17:20
歩いた歩数は56,321歩


8日目    4月3日(金)                  
出発地点:徳島県海部郡海陽町~到着地点:高知県安芸郡東洋町

 

今朝は6:30朝食で、アサリの味噌汁が最高でした。やはり料理屋の味付は違う。7:10に出発ですが、今日は僅か23km程で、普通のペースで行ってしまったら昼過ぎには着いても、宿に入れて貰えないかも。と言う事で、電話すると13:00過ぎなら大丈夫となりました。途中、素晴らしい海岸線を見ながら、看板の出ている施設に寄り、国道沿いを離れて街中に寄ったりしていたら、今夜の宿「民宿みちしお」に着いたのは14:00ジャストでした。でも今日はゆったりとした気分で歩けたし、じっくり写真も撮れたのでとても充実した1日でした。一方で山の中の集落も同じでしたが、廃屋がとても多く、街道沿いや街中の方が目立つ気がしました。愈々高知県に入り最初の町、東洋町に来ています。明日は37km先、室戸岬の突端の最御崎寺(ほつみさきじ、
と読みます)を目指します。高知県最初の試練になります。

 

7日目    4月2日(木)                  
出発地点:徳島県阿南市~到着地点:徳島県海部郡海陽町

今朝はいつもの様に6時に朝食、出発は6:30でした。違うのは靴ではなくてサンダルで歩き出しました。昨日の雨で靴が湿っていたのと、今回まめと雨の翌日対策として持参したサンダルを試してみたかったのです。ミズノからなんば歩きの為に販売され、生産は終了して在庫がマニアのために販売されているという代物です。
結果、今日唯一の参拝寺23番札所薬王寺迄の約20km迄は大丈夫でしたが、それ以上は何か靴の中敷きに代わるものが必要な気がしました。今日は初めてトンネルも通りましたが、まだ歩道が付いていたり、短いトンネルなので特に対策はしませんでしたが、長くて歩道が無かったら、秘密兵器を出します。私の靴の底をご覧ください。来るまでに70~80km位は試し履きしましたが、四国に来て6日歩いてこの減りですよ。最後まで持たない、どうしよう、と思っていた矢先、昨日同宿で今夜も縁有って同宿の和製ブルース・ウィリス山中さん(世田谷の自宅と山中湖の別荘と行来されているから)から良い物を頂きました。早速貼ってみましたので、結果ご期待ください。(100均の靴底修理材とはまるで別物です)最後は今夜の宿(割烹旅館風)から見た夕日です。今日の歩数は最高の56,179歩でした。でも初めて晴れて最高でした。明日からは日焼け止めかな?
累計歩数 29,190+37,288+44,698+45,168+40,150+41,637+56,179=294,310歩

 

写真上 すり減った靴と修理材、写真下 今宵の宿から見えた夕日

6日目    4月1日(水)                  
出発地点:徳島県 勝浦郡勝浦町大字坂本宮平~到着地点:徳島県阿南市

今日は朝から本格的な雨になりました。昨日迎えに来てもらった道の駅から7:30スタート。雨対策の服装を見てください。下からスバッツ、雨具パンツ、ポンチョ、そして菅笠となります。ポンチョを選択した理由は、風が余り無かった、納経道具一式をザックの中に入れずにショルダーバッグで持っていたかったことから。でもお腹周りも膨らんで、格好に拘る方には無理ですね。山の上の21番札所鶴林寺、22番札所太龍寺は雨の中、霞んでいました。正直しんどかったですね。23番札所平等寺を打って本当に隣の民宿「山茶花」に16:40到着。歩数は41,637歩
今日は本当に役に立ってくれた金剛杖に付いてこだわりと自慢を話させてください。普通に市販されているものは車に積みやすいように120センチメートルが主流。でも自在に使おうと思うと短いので、ネットでヒノキ140cmを購入しました。そして手で持つ位置、下りで持つ所、登りで持つ所、この間約30cmにパラシュートコードを巻いて滑り止めにしましたが、これが大正解で雨の日には役立ちました。

 

5日目    3月31日(火)                  
出発地点:徳島市~到着地点:徳島県勝浦郡勝浦町大字坂本宮平

お大師様は「下痢」という試練をお与えになられました。歩き遍路にとってはとっても辛い。そしてそれはトイレの有難味と綺麗に清掃してくださる方々への称賛へと昇華する。トイレの中で私はダスキンの創業者鈴木清一氏、その恩師一燈園の西田天香氏、そして松下幸之助氏のトイレの教えを思い出していました。この話は別の機会に。今日は徳島市内のホテルを5:50に出発、連日夕方から降り出す雨を避けるのが狙いです。18,19番札所は4年前に五十子さんと回った所で懐かしさも。しかしここから先は未知の領域で明日も多分雨☔だと思いますが、第2の遍路ころがし、と言われている鶴林寺が正念場だと思っています。ということで今日は早めに道の駅「ひなの里かつうら」に14:10到着。ふれあいの里さかもと、からの迎えを待つ間に阿波勝浦のビッグひな祭りを拝見しました。いやーもうビックリでございますよ。少々舐めてましたが、本当にごめんなさいm(_ _;)mでございますよ。今日の歩数は、40,150

 

 

写真中:18番恩山寺への急登の遍路道・写真下:19番立江寺の本堂

 

4日目    3月30日(月)                 
出発地点:徳島県名西郡神山町~到着地点:徳島市

山本博文先生の御冥福もお祈りしながら参拝しております。
遂に恐ろしい日が来てしまいました。今日1日、歩き遍路の方にお会いしませんでした。車で来られた方もいない、貸切状態が2寺ありました寂しいよ(!)
昨夜お世話になった植村旅館です。食事も最高、部屋もお風呂もきれい。なのに宿泊者は私1人。
五十子さんと4年前に行った時にも工事中だった国分寺が今も工事中。住職にお伺いしたら恥ずかしそうに、「4年前から始めてまだ途中です。すみません。」ですって。可哀想だよね。金がないのはやっぱり悪だ!
昨日は志木にも雪が降ったそうですね。でもこちらは曇りだけれど桜は満開じゃー。天気が何とか曇りで時々小雨で凌げてますが、明後日はまともな雨が予想されているので、今日は予定を変更して、徳島市内のホテル迄、頑張りました。
出発6:30でホテル到着16:40で歩数は45,168歩でした。

 

3日目    3月29日(日)       
出発地点:吉野川市鴨島町~到着地点:名西郡神山

日は強い雨が残っていた為に、朝食は5時に食べたのに宿を出たのは6時20分。でも小雨が降り出して11番札所藤井寺でちょっと待って、小止みの時にスタート。こだわりの道具というか工夫については追ってお伝えします。金剛杖、菅笠の固定、そしてサンダルや靴の持参方法と固定方法です。お楽しみに。
焼山寺の遍路ころがしは矢張り大変でした。安楽寺の宿坊でご一緒して昨日はほぼ同じペースで歩いておられた岸和田さん(大阪在住で岸○さんなので)と一緒してハイペースで到着。その辺から寒くなり、今日の宿、植村旅館は山道を10キロも先。しかもバス道と別れて約1時間の急登。後悔しました。到着16時50分。歩数は44,698明日も頑張るぞ!

 

2日目    3月28日(土)       
出発地点:上坂町~到着地点:吉野川市鴨島町

 今日も曇り時々小雨という天気の中、6:50元気にスタート。順調に参拝し、10番札所切幡寺に。ここまでに結構な坂を登ったのに、その後に333段、そして写真の234段がダメ押し。「結構しんどいですねぇ」と昨日の宿で同宿していた北さん(北区在住なので)に言ったら「まだまだ60番過ぎはもっと凄いから」だって。その北さんが渡っているのが吉野川に架かっている沈下橋です。11番札所藤井寺迄打って(参拝することを打つ、と言います)宿には15:10到着。37,288歩
明日は4年前に五十子さんと一緒に登った焼山寺の遍路ころがしにトライします。16:00頃から強い雨になってます。ラッキー!

 


1日目   3月27日(金)
出発地点 徳島駅 到着地点 上坂町

第1報:徳島駅に40分遅れで到着。やばいと思ったが、次の電車がすぐにあって今、坂東駅に向かっている。愈々スタート。7時19分。


26日夜、新宿バスタから徳島行の長距離バスに乗り込む菊地さん。コロナウィルスぶっ飛ばせ!

第2報:今日は首都高速道路の渋滞で40分ほど遅れて徳島駅に到着。焦りましたが、次の列車が直ぐにあって30分遅れの7:40板東駅を出発、順調に6番札所の安楽寺宿坊に15:30到着。29,190歩でした。雨が心配されましたが、時々小雨で菅笠で凌げる程度でホッとしました。でも人がいない。団体は勿論、個人も今日出会った人は20人はいないと思います。外人さんは一人かな?お風呂も風呂場には20人は入れる風呂は空で使っていなくて、5人くらいの風呂が沸かされていました。温泉なのでゆっくり入りたかったのに。今晩は宿坊なので18:00~夕食19:00~勤行ですから余り飲めないな。私のユニフォーム姿をお送りしますがデブだね。写真は2番札所の極楽寺の前です。これが終わる頃にはどうなりますか?お楽しみに。それと宿泊している安楽寺です。勤行の様子が面白かったら明日付け足しますね。では、おやすみなさい。 菊地